月と器

はいさーーい!!お店近くのおすすめなお店シリーズ!

ご紹介するのは「月と器」です。何やさん???

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おしゃれな感じでしょ!!

串焼き居酒屋です。店内もゆっくり過ごせる空間で落ち着きますよ。。。

料理も串焼きや旬の野菜等使った料理美味いです♪

笑顔がステキなスタッフさん

「月と器」へめんそーれーーーーーー

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慰霊の日特集その3

今から64年前、日本は戦争をしていました。第ニ次世界大戦です。

6月23日が慰霊の日で戦争が2度と起こらないように

世界の恒久平和への希求、戦没者の霊を慰めることを目的として公休日となってます。

学校などでもこの時期になると戦争についての授業があります。

今では考えられないのですが、戦争も実際にあったことだし

二度と起こらないように今を生きる僕達が考えて次に繋げていかなきゃですね。

 

という事で慰霊の日までの3日間戦争について書いていきたいと思います。

今日は戦争の爪跡について。。。

 

戦争が終わって64年がたちましたが今でも戦争の爪跡が残ってます。

まずは不発弾!!!!!不発弾処理は復帰後からの累計で3万24件、

1757・9トンが処理されてますが、未だ約2300トンが地中に残っていると推定している。

このままの処理のペースだと60年~70年かかるといわれてます。

この不発弾での事故も多々あり最近では今年の1月に道路工事の作業中に

不発弾の爆発があり作業員の方が重症の大怪我をしたりなど事故があります。

不発弾の発見でその地域の住民が一時避難したり

道路の閉鎖など日常に沖縄では起こっています。

 

基地問題もそうです。数年前には沖縄の大学に米軍のヘリが墜落したり

パラシュート訓練の着地時に畑に降りたりと・・・・

 

教科書問題もそうですね。。。

僕個人的には、事実が変わったり柔らかい言い方になったりすると

その事、事態段々記憶に残らなくなり、その事実も消えていくような気がします。

過去にあった事はまげずに取り入れて、これからの未来に繋げた方がいいと思うのですが・・・

 

3日間にわたって書いてきました。

悲惨な歴史を忘れることなく、平和を希求し、現在も存在し続ける戦争の爪跡、

解決されていない諸問題について、

沖縄だけじゃなく、世界的に見ても同じことが言えますが。。。

 

戦争が沖縄であったという事実、そしてこんな事が実際にあったこと

二度と起こらないように次の世代へも伝えていく事が僕たちの出来ることでもあります。

今の時代だからこそWEBで発信し見てくれ方に何か伝わればと思います。

「何よりも平和を大事にし、生きとし生けるものが共に睦びあう沖縄の心」

命どう宝(ぬちどうたから)に平和の願いを込めて、私たちはふるさとからメッセージします。

また戦争という過ちを起こさないように、おじーおばーの笑顔が続くように・・・


慰霊の日特集その2

今から64年前、日本は戦争をしていました。第ニ次世界大戦です。

6月23日が慰霊の日で戦争が2度と起こらないように

世界の恒久平和への希求、戦没者の霊を慰めることを目的として公休日となってます。

学校などでもこの時期になると戦争についての授業があります。

今では考えられないのですが、戦争も実際にあったことだし

二度と起こらないように今を生きる僕達が考えて次に繋げていかなきゃですね。

 

という事で慰霊の日までの3日間戦争について書いていきたいと思います。

今日は実際にオバーから聞いた話を書いていきたいと思います。

 

青い空に青い海、そして独特の文化のある地として人気がありますが

過去には戦争があった地でもあります。

僕が子供の頃などは戦争の話を聞いても「思い出したくないさぁ」

っと言って話はしてくれなかったのですが最近では話してくれます。

その言葉からはすごく辛く重い言葉などが。。。

家族が離れ離れになったり友達が死んで行ったりと。。。

戦争時は逃げるのに必死で、昼間は戦闘機が飛んでるからガマ等に隠れて

夜に食べ物を探しに行ったり緊張が途切れない毎日です。

(戦争時は捕虜になって捕まると酷い事をやらされると思っていたらしいです。)

 

戦争が終わってもしばらくはその事実も分からずに必死に逃げ回っていたらしいです。

 

戦争が終わってからは、ここからも苦しい生活が。。。。

米兵からの食料の支給がありましたが、それも少なく

荒れはてた地には畑などはもちろんなく、食べるものが全然なく草を食べ空腹を満たしたそうです。

何時間も歩いて水をくみに行ったり、今では考えられません。。。。。

それでも生きてくために皆で協力しあって助け合いながらの生活だったみたいです。

 

今では戦争を実際に体験したかたが年々減少してきています。

それでも戦争が沖縄であったという事実、そしてこんな事が実際にあったこと

二度と起こらないように次の世代へも伝えていく事が僕たちの出来ることでもあります。

今の時代だからこそWEBで発信し見てくれ方に何か伝わればと思います。

「何よりも平和を大事にし、生きとし生けるものが共に睦びあう沖縄の心」

命どう宝(ぬちどうたから)に平和の願いを込めて、私たちはふるさとからメッセージします。

また戦争という過ちを起こさないように、おじーおばーの笑顔が続くように・・・

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慰霊の日特集その1

今から64年前、日本は戦争をしていました。第ニ次世界大戦です。

6月23日が慰霊の日で戦争が2度と起こらないように

世界の恒久平和への希求、戦没者の霊を慰めることを目的として公休日となってます。

学校などでもこの時期になると戦争についての授業があります。

今では考えられないのですが、戦争も実際にあったことだし

二度と起こらないように今を生きる僕達が考えて次に繋げていかなきゃですね。

 

という事で慰霊の日までの3日間戦争について書いていきたいと思います。

 

沖縄は日本で唯一地上戦が行われた場所となりました。

南北約130㎞の細長い沖縄本島に打ち込まれた砲弾の数だけでも、

艦砲弾約60万発、地上砲弾約17万発と言われ、山の形が変わるまで

「鉄の暴風」が3ヶ月以上も吹き荒れました。自分たちの住んでいる土地に米軍が上陸し、

戦場となり、20数万人の人々が悲惨な最期を遂げています。

軍人よりも沖縄県民の犠牲者がはるかに多いのが、沖縄戦の特徴です。

 

1945年(昭和20年)6月23日未明、第32軍(日本軍の沖縄守備隊)

司令官の牛島満中将と同参謀長の長勇中将が、糸満の摩文仁で自決し、

日本軍の組織的戦闘は終わりました。

しかし、現場では戦争は終わっていません。むしろ、ここからが悲惨をきわめました。

守ってもらえるはずの軍はないまま、山中などに隠れた日本兵の抵抗は続き、

そのような戦場に放り出された住民たちは、逃げ場もなく、

投降して捕虜になることもできませんでした。

(鬼畜米英と教えこまれ、捕虜になったら何をされるか分からないといわれていたため)

そのため、日本軍より支給された手榴弾を使い家族親戚で集団自決をしたり、

支給された毒薬を飲み自殺を図ったりしたと聞きます。

また、崖から飛び降り自殺をして、多くの人々が尊い命を絶ちました。

 

沖縄戦で死亡した総数のうち、6月23日以降に死亡した人たちは、

かなりの数にのぼると言われています。

沖縄戦で犠牲になった方たちの名前が「平和の礎」に刻まれてます。

6月21日現在で 24万856人となっています。

 

日本で唯一地上戦があった沖縄。多くの尊い命が奪われ、戦争の惨禍を体験したことから、

一切の戦争をなくしたい私たちの想いを慰霊の日に託し

今の時代だからこそWEBで発信し見てくれ方に何か伝わればと思います。

「何よりも平和を大事にし、生きとし生けるものが共に睦びあう沖縄の心」

命どう宝(ぬちどうたから)に平和の願いを込めて、私たちはふるさとからメッセージします。

また戦争という過ちを起こさないように、体験してきたおじーおばーの笑顔が続くように・・・

P1010889.jpg ウチのオバーです。明日はオバーから聞いた話を。


ダイブロック農園

チャ-ガンジュウですか????

ここ最近の大雨でダイブロック農園に豊作の時期に突入!!!か!??

大雨の連日で最近おろそかにしてたダイブロック農園。。。。

今日ふと見てみるとなんとゴーヤーが実ってました~~~~~

ゴーヤーだけじゃなくナスも!!!!!!!!!そしてすくすくと育ちすぎです!!!

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梅雨明けには剪定をしたりしないとな~

夏に向けて大収穫だ~~

そして去年大好評だった、

ダイブロック農園で取れた新鮮野菜料理

して出しますので食べて下さいね♪

「ナスってこんな風に実になるんですね!」


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