慰霊の日特集その1

今から64年前、日本は戦争をしていました。第ニ次世界大戦です。

6月23日が慰霊の日で戦争が2度と起こらないように

世界の恒久平和への希求、戦没者の霊を慰めることを目的として公休日となってます。

学校などでもこの時期になると戦争についての授業があります。

今では考えられないのですが、戦争も実際にあったことだし

二度と起こらないように今を生きる僕達が考えて次に繋げていかなきゃですね。

 

という事で慰霊の日までの3日間戦争について書いていきたいと思います。

 

沖縄は日本で唯一地上戦が行われた場所となりました。

南北約130㎞の細長い沖縄本島に打ち込まれた砲弾の数だけでも、

艦砲弾約60万発、地上砲弾約17万発と言われ、山の形が変わるまで

「鉄の暴風」が3ヶ月以上も吹き荒れました。自分たちの住んでいる土地に米軍が上陸し、

戦場となり、20数万人の人々が悲惨な最期を遂げています。

軍人よりも沖縄県民の犠牲者がはるかに多いのが、沖縄戦の特徴です。

 

1945年(昭和20年)6月23日未明、第32軍(日本軍の沖縄守備隊)

司令官の牛島満中将と同参謀長の長勇中将が、糸満の摩文仁で自決し、

日本軍の組織的戦闘は終わりました。

しかし、現場では戦争は終わっていません。むしろ、ここからが悲惨をきわめました。

守ってもらえるはずの軍はないまま、山中などに隠れた日本兵の抵抗は続き、

そのような戦場に放り出された住民たちは、逃げ場もなく、

投降して捕虜になることもできませんでした。

(鬼畜米英と教えこまれ、捕虜になったら何をされるか分からないといわれていたため)

そのため、日本軍より支給された手榴弾を使い家族親戚で集団自決をしたり、

支給された毒薬を飲み自殺を図ったりしたと聞きます。

また、崖から飛び降り自殺をして、多くの人々が尊い命を絶ちました。

 

沖縄戦で死亡した総数のうち、6月23日以降に死亡した人たちは、

かなりの数にのぼると言われています。

沖縄戦で犠牲になった方たちの名前が「平和の礎」に刻まれてます。

6月21日現在で 24万856人となっています。

 

日本で唯一地上戦があった沖縄。多くの尊い命が奪われ、戦争の惨禍を体験したことから、

一切の戦争をなくしたい私たちの想いを慰霊の日に託し

今の時代だからこそWEBで発信し見てくれ方に何か伝わればと思います。

「何よりも平和を大事にし、生きとし生けるものが共に睦びあう沖縄の心」

命どう宝(ぬちどうたから)に平和の願いを込めて、私たちはふるさとからメッセージします。

また戦争という過ちを起こさないように、体験してきたおじーおばーの笑顔が続くように・・・

P1010889.jpg ウチのオバーです。明日はオバーから聞いた話を。